自分が誰なのか主張したいですか

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友人にあなたのことを、「この人はこういう人」って紹介されるのは許せるでしょうか。


「こいつは典型的な関西人」とか、例えば「彼はカフェやってるんだ」とか。
そういうときに、「いや、関西人って言っても自分は普通の関西人じゃない」って
憤慨するタチでしょうか。「カフェじゃない、カフェのようでいて全く新しい空間だ!」とか。
なんか、新しい人と会うときって、なにか理解しやすいカテゴリーとかタグは便利。
古い言葉では「レッテルを貼る」っていうのかな。
この人は遊び人とか、レゲエ好きとかソニーに勤めてるとか。
でも紹介される人にとっては、自分は自分。完全オリジナルで
どんなカテゴリーにも属さず完全に自由なんだって思うと思う。
だから、決して一人の人を一言でなんか説明できない。
結局、こうゆう紹介のされ方が許せるかどうかなんだけど、
自分をだれかに説明されたくない人も多いみたい。
親とそれで絶縁したという人もいました。(ホントか)
自意識が肥大していってるというのか、
アイデンティティーを主張する時代になったというのか。
僕なんかは、「へえーこの人僕のことこういう風に思ってたんだー」とか。
違うけどなあと思っても、結局わかってもらおうなんて期待してないから、
「ああカメラマンねー」なんて、そのカテゴリーで親しみを持ってもらえそう
ならそれでいいと思う。
それでスタートして、徐々にわかってもらえるだろうし。
主張弱すぎかな。

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